独特の技で生まれる彩り

 

 塩谷美江さん(57)が作るこぎん刺しは少し変わっている。「朧」と名付けられた長さ2メートル弱のタペストリーは月夜の風景をイメージしたものだ。黒地の布に刺し綴られた月や雲は、絵に描いたようなほんのりとした色合いで表現している。こぎんで微妙なグラーデーションを生み出すのが塩谷さんの特徴だ。

「こぎんの模様って単純だけど、その組み合わせで世界が無限に広がるんですよ。絵というよりもこぎんの模様を使ってデザインをしたいと思ってます。見た人が自分の感覚で何かを感じてくれたら」

 塩谷さんの作品作りは下絵を書くことから始まる。その下絵を元に型紙を作って刺すのだが、作業の途中でアイディアが浮かぶことが多い。アイディアはすぐに布に落としこむので、最初にイメージした予想図とは少し違うものが出来るそうだ。

 刺すときはグラーデーションを生む特殊な工程を踏まえて作っていく。例えば青から黄色に変化させたい場合、その範囲の長さを測ってどの地点でどの糸を入れるか決める。刺繍糸は大体6本の糸で形成されているので、ある程度進んだら青から一本だけ糸を抜き、黄色い糸を入れる。またある程度刺し進んだら青を抜いて黄色を足す。この時に糸をって青の中に黄色を馴染ませないと綺麗なグラデーションにならない。撚りながら刺すことで自然な色合いになる。

 作業の様子を見せてもらうと木製の額に布をはめ込んで刺していた。額を使うとグラデーション具合を容易く把握できるそう。作品に応じた枠がそれぞれあり、大きいものだと1メートルを超えるものもある。

「カルチャーセンターで教える時も糸を撚るんですが、慣れるまでは難しいみたいです。でもせっかく鎌田先生に教えてもらった技なので残して行きたいですね」と塩谷さんは話す。

 


 

こぎんの可能性と先生の人柄に魅せられて

 

 福島県出身の塩谷さんが、こぎん刺しに出会ったのは結婚して間もない20代の頃だった。

「黒石のこけし館で見た大きな作品が鎌田先生のものでした。グラデーションとか色使いとかインパクトがすごくて。習うなら絶対この先生だなとずっと思ってました」

 塩谷さんの師である故・鎌田光展先生は元々美術の教師だった。最初は特殊学級の教え子が卒業しても困らないようにと刺繍を教え始めたのだが、それをきっかけに自分の世界を持ってこぎんを刺すようになったという。

「こぎん刺しを民芸品で終わらせたくない」という考えを持っていた鎌田先生。その作品は絵画的で、こぎんだけど美術品。グラデーションなど古来のこぎん刺しには無い独自の手法を活かした作品に惹きつけられる人も多い。一方、こぎんは女性が刺すイメージが強かったし、伝統にとらわれない作風は〝邪道〟とされて逆風も強かった。「『鎌田先生のところに行ってます』と言うとよく驚かれました。本当に変わった人でしたが、作品も人柄も私は大好きでしたよ」と塩谷さんは懐古する。

 初めて作品を見てからは子育てなどで忙しい日々を過ごし、今から11年前にようやく鎌田先生に出会えた。

「弟子にしてくださいって言ったら『私は弟子は取りません。研修生でもいいですか?』って。そうして鎌田先生に教えてもらうようになったんです」

 教わるといっても、鎌田先生がこぎんの基本的なことを教えてくれることは無かったし、こぎんの話すらあまり無かった。会いに行くと全然関係ない畑の話なんかをして一日が終わるのだが、それが塩谷さんは楽しかったという。そんな鎌田先生が言ってたのは「自分で作りたい作品を描きなさい」ということ。それをいかにこぎんで表現するかを教えてくれたのだ。

 塩谷さんは南部菱刺しも取り入れながら作品を作ることがある。それは作品を一つのアートとして捉え、その中に模様としてある青森の刺し子を知ってほしいからだ。

「昔、私でもできるのかなって先生に聞いたことがあるんです。そしたら『美しいものを美しいと思える気持ちがあれば十分だよ』って一言。私のこぎん刺しは伝統的では無いですが、見た人がなにか感じてくれたら幸いです。昔からこぎん刺しが繋がってきたように、この先も形を変えながらでもいいので何百年も繋がっていけたらいいな」

(記事内の情報は2016年取材当時のものです)