一人でも多くの人に伝え、こぎんの美しさを体験してほしい

 

「やっぱり実際に触ってもらって、着てもらわないと分からないから。それをこの地で教えることに意味があると思うんですよ」と話す、佐藤陽子さん。弘前市(旧岩木町)にある「佐藤陽子こぎん展示館」と名付けられた場所は、自宅兼こぎん刺しの展示場として開放されている。

 玄関から階段横まで飾られたこぎんの作品を眺めながら2階へ上がると、150年以前の野良着が展示されている。背中に刺されたこぎん刺しは、びっしりと木綿糸で刺され、その模様の正確さに目を見張る。西こぎん、東こぎん、三縞こぎんとの違いを現物を見ながら聞く説明は、よりこぎん刺しのイメージが入りやすい。

「地域によって模様に特徴があるんです。昔はそれぞれの部落を行き来するのが大変だったので、隣近所の身近な人に模様を聞いて覚えたんじゃないかな。だから同じ模様に出来上がるので、見分けがつくようにちょっと変えてるの」。よく見ると、刺している目が少し違う場所がある。それは間違いではなく故意に刺されたもので、佐藤さんの推測では、模様で遊んでいたのではないかという。その時代に生きた女性達が実際に刺していた物を見ると、彼女達の生活まで見えてくるようだ。

 

何箇所か模様の違うところが…
何箇所か模様の違うところが…

 

 そして、訪れる人に必ず当時実際に使われていた野良着を着せる。貴重な物に、ほとんどの人が躊躇するそうだが、

「いいのいいの!体験しないと分からないでしょ?」と、次々着せ替えてくれるのだ。手渡された野良着はズシッと重く、羽織るとこぎんを刺した部分が徐々に温かくなる。薄い麻の布だが、上質な着物を着ているかのような温もりがあった。こぎん刺しとはどういう物だったのか、身を持って体験することで、その伝統が生まれた意味を改めて実感する。佐藤さんなりの解釈や、時代背景から模様の意味まで、耳と目と身体すべてでこぎんを知ることができる体感型の展示館と言える。

若手作家からのいただきものから佐藤さんの作品までたくさんのこぎん刺しが並んでいる。「気になったらどんどん触って、作品作りの参考にしてほしい」と笑う佐藤さん。傘に刺したこぎん刺しは、斬新ながらも上品な華やかさがある。
若手作家からのいただきものから佐藤さんの作品までたくさんのこぎん刺しが並んでいる。「気になったらどんどん触って、作品作りの参考にしてほしい」と笑う佐藤さん。傘に刺したこぎん刺しは、斬新ながらも上品な華やかさがある。

 

 展示されている古作は、ほとんどが佐藤さん自身の収集物だ。昔の模様を参考にしようと集めたのだが、「津軽で昔のこぎん刺しを見れる場所はないか」という声を聞き、津軽発祥の物がその土地で見れないのは意味がないと、展示館を始めるに至ったという。予約により開館しているのには、来てくれた一人ひとりにじっくり丁寧にこぎん刺しの説明をし、こぎんの生まれた理由なども含め、たくさんの人に伝えていきたいからだという。

「県外から来るリピーターの方も多いですよ。ここに来ると落ち着くって言って、6回くらい来てる人もいるんですよ」と佐藤さんは穏やかに笑った。

 古作以外にも、佐藤さんが刺した作品が多く展示されている。自分でもできそう、可愛い、という気持ちがこぎん刺しを始めるきっかけになればいいと思い、大きい作品より日常生活で使ってみたいと思えるような作品に重点を置いて展示している。

「一人でも多くの人に針を持ってこぎんを刺してほしい。たくさんの人が興味を持つことによって相乗効果が生まれ、新しい物になると思うんです」。

 展示館をやり始めて5年。たくさんの人が訪れ、こぎんに触れ、針と糸を持つきっかけとなった。しかし、佐藤さんは来てくれた人から教えられることの方が多いという。

「色んな人に出会って教えてもらうことがたくさんあります。私の方が皆さんに感謝しなければいけない」。

 人と人とが繋がり守られてきた津軽の文化は、今日も佐藤さんの手で伝えられている。

(記事内の情報は2016年取材当時のものです)

 

佐藤陽子こぎん展示場