豆もマシンもおまかせのコーヒーコンシェルジュ

 

 弘前市代官町にある「ハローコーヒー」。一見、テイクアウト専門のような小さいお店だがやることは大きい。コーヒーの販売から自家焙煎、焙煎機やエスプレッソマシーンなどコーヒーグッズ全般を扱う問屋さんなのだ。お客さんは北海道から沖縄まで全国。今回はオーナーの神重治さん(60)のはからいで焙煎の様子を見学させてもらった。

 

10キロの焙煎機。隣には5キロの焙煎機もある。
10キロの焙煎機。隣には5キロの焙煎機もある。

畑の中の焙煎工場

 

 朝8時半、りんご畑に囲まれた郊外の焙煎工場を訪ねると既に作業は始まっており、独特な香ばしさが漂っている。焙煎工場を建てたのは9年程前のこと。焙煎する豆の増加に伴い、焙煎の拠点を店舗から自宅脇に移した。現在、ひと月に取引する豆は約3トン。工場内に設けられた保管スペースには、一袋6070キロの生豆が詰まった麻袋が何十袋も積まれている。価格の変動が激しいコーヒー豆だが、半年先の買い付けまで済ませており、比較的安定した価格での提供が可能。ここに保管されている量だけでも3か月は供給無しでやっていける。

 焼く前の豆は緑っぽく小粒だが、焼くと2段階で大きく膨らむ。「良い豆は袋からして違う。特にアレは別格だよね」と神さんが指した樽には「ブルーマウンテン」の文字。部屋の角で存在感を放つ白木の樽はもちろん、産地や種類でデザインが異なるかっこいい麻袋を見ているだけでも異国情緒に触れた気分になる。


 

味がぶれないように焼く

 

 その保管スペース隣の空間でゴゴゴと唸っているのがお目当ての焙煎機。高さは約2メートルほど。上に付いた漏斗型の部分からバケツに入れた豆を流し込んでいく。写真を撮ろうと顔を寄せてみればじんわりと熱が伝わってきた。長く作業をしていると焙煎機の輻射熱で徐々に水分を奪われ、顔がパキパキに乾く。その気分は〝おいしい焼き魚〟だと神さんは言う。

 豆を焼く上で大切なのが温度。例えば毎回同じ手順で焼いた場合、部屋の温度が高いと焼く前の豆も温かくなっているので、低い時より早く焼きあがる。しかし味に差が出てしまうので、15分で焼くものは年間を通して15分で焼く。夏はクーラーで温度を下げて早く焼きあがるのを抑えながら、冬は焙煎機のガス圧を上げつつ、ストーブで暖めてなるべく焙煎条件を一定に保っている。

 お話を伺っているともう焼き上がりの時間。釜の蓋が開けられ、豆がザザーと出てくるとピチピチという高音と共に香りのいい煙が立ちこめる。この音は2回目のハゼの音で豆の回りに油が出てきた時に鳴り、油は甘みになる。この段階で豆は200度の温度を超えているので、予熱で焙煎が進まないように一気に回しながら温度を下げるのだ。

 息子さんと奥さんの作業を眺めながら神さんはこう話す。「今は深めに煎ったけど、シワも伸びて色も綺麗になっていくから心情的には深く焼きたくなるんだよね。でもウチには綺麗でない豆が欲しいお客さんもいるから。お客さんの好みが一番」

 

「外からコーヒー業界を見てきたのが逆に良かった」と神さん。豆も機械も一通り説明できるのでマッチングした情報を提供し、喫茶店を始めたい人向けに機械の使い方を踏まえた教室も開催している。
「外からコーヒー業界を見てきたのが逆に良かった」と神さん。豆も機械も一通り説明できるのでマッチングした情報を提供し、喫茶店を始めたい人向けに機械の使い方を踏まえた教室も開催している。

 

 自己満足より多個満足

 

 高校生まで弘前で育った神さん。卒業後は旅行会社の添乗員として外国にも50回以上行った。いわゆる「じゃいご(田舎)育ち」だったもので苦いコーヒーは口にあわないと思って避けてきたという。しかし33歳の時、興味があまりないままにカップ等を取り扱う店を開き、商品の1つとしてコーヒーを売ることに。コーヒーのことは詳しく知らなかったものの、美味しい物を追い求めて独自ルートを開拓していくと出会ったのが「カシッケ」。カシッケとはブラジルの商社の名前でそこの豆を味わった時に始めてコーヒーのうまさを知った。

「こ、これは!こんなコーヒーがあるのかって感じ。浅煎りで香りが凄くて旨味があって」。店を始めて焙煎機を買うまでの2年間は、車のトランクにカシッケを詰め込み、色んな職場やスーパーの催事等、とにかく行商して回った。「特選カシッケ」として今も店頭に並ぶその豆はハローコーヒーの象徴だ。

店頭には常時30種類の豆が並ぶ。しかも種類によっては焙煎の深さを3~7番まで選べるのだ。

「ここは豆が専門だから美味しかったらいいと思います。こだわるのは豆の品質と味、一定の味で提供することと、価格。浅煎りから深煎りまでなるべく多種多様に。価格は車のバネみたく衝撃を和らげてお客さんには変化の無いように。我々は選ばれる方だからね」

 

 仕事中にストレートで飲むならこの辺、ミルクを入れるならこの辺。はたまたこのコーヒーメーカーなら合うのはこの辺など、機械との相性も踏まえて説明できるのも神さんならでは。今では頭の中でブレンドを作り、想像で味を感じることができる。

 最後に「どの豆をどんな風に飲むのも自由」という神さんに「どんなコーヒーを飲んでもらいたいですか?」とあえて尋ねてみた。

「個人的には旨味を感じて飲んで欲しい。アミノ酸を感じる舌を持ってるのは日本人だけだからね。良い豆の浅煎りであれば旨味を感じやすいと思うよ」

旨いコーヒーは冷めても美味しく、味わうにはぬるいのがベスト。コーヒーが苦手な人は浅煎りで粗く豆を挽くと旨いコーヒーへの近道だが、旨味を感じるかどうかは本人次第である。

(記事内の情報は2014年取材当時のものです)

 

ハローコーヒー

住所/弘前市代官町56

電話/0172-32-1188