「いま5分くらいしたらまた来ます」。弁当を注文したあと、そう言い残していったお客さんに、「はあい」と返事をし、店主の佐藤剛さんは弁当のおかずを揚げはじめる。付け合わせとごはんをもりもりに詰めこむかたわら、揚げ物を丁寧にひっくり返し、手際よく弁当をこしらえていく。そんな佐藤さんの姿がのぞく店先には、メニューがびっしりと並ぶ。どれもリーズナブルかつお腹いっぱいになりそうなものばかりだ。

 佐藤さんのこだわりは、「いいものを安く」出すこと。そして「食べるとき」より「食べたあと」のことを考えること。いかに安く仕入れるか、いかにからりと仕上げるかを試行錯誤し、お腹いっぱいになりつつ胃もたれしないメニューを作り上げてきた。

 

店先で注文が入ると、その都度揚げている。揚げたての惣菜は、学生のみならず地域の人たちにも人気だ。
店先で注文が入ると、その都度揚げている。揚げたての惣菜は、学生のみならず地域の人たちにも人気だ。
壁一面にはられたメニューやサイン。長年たくさんの人に愛されてきたことがうかがえる。
壁一面にはられたメニューやサイン。長年たくさんの人に愛されてきたことがうかがえる。

 

そのボリュームと安さ、食べやすさから、たくさんの学生が定食を食べに訪れる。2~3合のごはんの上に3~4種類の揚げ物が盛り付けられた定食を、500円~800円で食べることができる。これだけのボリュームがありながらも、油っぽさがなくさくさくと食べすすめられる。「ジャンボ鳥カツ定食」は、3年間毎日食べに来ていた学生がいたという。店内には、「ホームラン定食」や「皆中定食」など、弘前大学の部活やサークルで考案したメニュー、学生たちのサインや感想の書かれた色紙が壁一面に並ぶ。なかにはテレビ番組の名前がついたものもちらほら。お客さんの思い思いの要望にできる限り応え、相談しながら様々なメニューを増やしてきた。そんなメニューやサインを見渡すだけで、いろいろなお客さんたちの顔が浮かんでくるようだ。

 しかし、こんなにたくさんのお客さんに愛されるようになるには、大変なこともたくさんあったという。佐藤さんがこの店をはじめたのは29年前。それまでは東京で働いていたが、高齢になった両親を心配して実家のある弘前に戻り、店を開くことにした。西弘前駅(現・弘前学院大前駅)の周辺には、電車を待つお客さんをターゲットとした惣菜屋・弁当屋が他に3件もあった。

 そのため、お客さんを集めるのには、かなり苦労したそうだ。ビラを配ったり、思いきった安売りをしたりしたが、このままではまずいと思い、やり方を変えることに。そこで役立ったのは東京での経験だった。肉がメインの飲食店を10軒ほども経験してきた佐藤さんは、肉の扱いに精通していたのだ。作り方を工夫し、注文を受けてから揚げはじめるスタイルに変えると、次第に「うまい」という評判が広がっていった。お客さんの要望に応えてくれるということも人気につながり、たくさんのお客さんが訪れるようになった。

 

肉たっぷりのギャンブル定食。学生には嬉しいボリューム。
肉たっぷりのギャンブル定食。学生には嬉しいボリューム。

 

こうして長年店を続けてきた佐藤さんは御年75歳。笑顔で話す様子や、てきぱきとした動作が印象的だったが、店に立つのがきついと感じることが出てきたという。そんな時、学生時代に通ってくれていたお客さんが久しぶりに来店してくれると、とても元気をもらうそうだ。年間約180人もの懐かしい顔ぶれが店を訪れてくれる。年齢や増税などに不安を感じることもあるが、こうして懐かしんできてくれるお客さんのためにも、不安に負けずに頑張らなくてはと力強く語っていた。

(記事内の情報は2019年当時のものです)

2022年6月10日で閉店となった「お惣菜さとう」。学生から地域の人達のお腹と心を満たしてくれてありがとうございました!
2022年6月10日で閉店となった「お惣菜さとう」。学生から地域の人達のお腹と心を満たしてくれてありがとうございました!